
写真が発明されて150年を越える時間が流れましたが,この間に写真は銅板からガラスに,それがフィルムと印画紙に移り,さらに印刷への応用がなされ,ついにデジタルデータの時代へと,出力の形態が変化し続けました。こうした媒体(メデイア)の変化にもかかわらず,表現者として変わらない部分はどこにあるのでしょうか? 逆にまた,こうした変化に対して,表現者としてなんらかの提案をなすべきではないでしょうか? 技術的なハードルが高くなればなるほど,表現者は取り残され,ただの利用者になってしまいがちです。与えられたままではなく,主張すること。無いのなら自分で,作り出すことが,今こそ大切なのではないでしょうか?
コンピュータは,私たちの生活のさまざまな側面に影響を与え続けています。合理的な道具として迎え入れてきましたが,表現の道具(=メディア)として考えた場合には,いったいどのような利便性,合理性,可能性があるのでしょうか? デジタルの力とは,対象を数値情報にする力であると考えることができます。このことによって,複製物とオリジナルの境目が無くなると同時に,世界中に自由に情報を流通させることができるようになりました。オリジナルの絵画やフィルムに頼ることなく,作品を見せることができるわけです。
さらに,情報を操作するためのインターフェイスの存在がクローズアップされることで,作り手と受け手の関係性が,一方的な形から,相互作用的(インタラクテイブ)なものに変化しつつあります。
こうした特性は,まだ充分には研究開発され尽くしていません。なぜなら,研究開発するという作業自体が表現を作り出すという行為によって深められてゆくものだからです。
すでに完成された美学があれば,その理論に沿わせることで作品はできあがるかもしれませんが,他者との関係性の中で表現が完成される場合には,作るという過程を通して,そこで起こりつつあるできごとを,メディアの側面から分析することが求められます。その意味で,表現者と研究者によって構成される本専攻では,表現者の養成と同時に,表現を深化させるための技術の開発を行うことを目指しています。そのために,実制作やワークショップを通して,メディアの表現,理論,メディアの構想,設計という4本の柱で推進しています。
| 専攻 | 研究分野 | 領域 | 入学定員 |
|---|---|---|---|
| メディア映像 | コンテンツ創造 | メディアデザイン | 16 |
| メディアアート | |||
| コンテンツ科学 | コンテンツウェア開発 | ||
| メディア文化財 |