実行委員長挨拶

「ポケットから始まる映像世界」

ポケットフィルム・フェスティバル実行委員長
藤幡正樹

 電話がケータイになり、カメラがデジカメになり、テレビがワンセグになってゆく時代に私たちは直面しています。意識されないままに進行するこうした底知れぬ大きな力に対して、アーティストはどういった姿勢を見せてくれるのでしょうか?表現すること、それも新しい道具を通して、そこから作った人間達でさえ理解していない表現の可能性を見いだすことができなければ、道具は技術の具現化された機械としてしか機能することはありません。かつて、「カメラが、写真家をプログラムする。」といったチェコ出身の思想家がいましたが、こうした無限とも思えるような多様なメディアの出現に対して、アーティストに求められているのは、ケータイを代表とする新しいメディアに秘められたプログラムを読み解くことではないでしょうか?

 3年前にパリの「フォーラム・ド・イマージュ(Forum des images)」で、始まった「Pocket Films Festival」は、ケータイで撮影された映画のフェスティバルですが、このフォーラム・ド・イマージュと東京藝術大学映像研究科がパートナーシップを結び、協賛や協力機関とともに開催するのがこの「ポケットフィルム・フェスティバル」です。このフェスティバルを通じて、他の追随を許さない映画祭としてのトップ・クオリティーを追求すると同時に、高度に進化した携帯電話が表現者にもたらす可能性について、さまざまなディスカッションを喚起させる場所を作り出してゆきたいと思います。

 ケータイのモバイル性が現在示している可能性には3つの大きなポイントがあると思われます。まず、どこでも撮影できることから生まれる映像の親密性。大型の映画カメラが入り込めないような空間で、その場にいる人々が撮られていることをほとんど意識しないような、プライヴェートな瞬間やアクションをおさめることができます。ふたつ目は、カメラやディスプレイの解像度の低さから来る高い記号性挙げられます。映像の細かいディティールではなく、単純にそこで何が行われているのか、その読み取りに集中することができるのです。さらに三つ目のポイントは、いつでも、どこでも誰とでも映像を共有することができるという機能です。これを逆用すると、見る人をある特定の場所へと誘導するようなインタラクティヴな作品も可能になるのではないでしょうか。

 本フェスティバルにおいては、ケータイで映画を作ってしまうフランス的なアプローチを尊重するとともに、日本固有のケータイ・メディアの扱いについて、ともに深く考えて見たいと考えています。与えられたメディアを使うだけではなく、それを通して表現することでそのメディアのプログラムを一緒に読み解いてゆきませんか?

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