
一本の鉛筆から近未来の都市まで,フィクションの世界を形にしていく映画美術の仕事.完成したフィルムを見るだけでは知り得ない,その多彩な面白さ,真の魅力を,気鋭の美術デザイナーにうがかいました.

くろかわみちとし:1974年愛知県生まれ.神戸芸術工科大学プロダクトデザイン学科卒.舞踏公演のセットや自主制作映画からキャリアをスタート.崔洋一監督『刑務所の中』(2002),『血と骨』(2004)などの美術応援を経て,沖島勲監督『一万年,後・・・。』,渡辺一志監督『キャプテントキオ』(2007年公開予定)等で美術デザイナーを務める.
車のCM撮影に備え,自ら制作したのぼりに霧吹きをかけてシワをとる黒川さん
大学でプロダクトデザインを専攻した黒川さんが,その道に進まなかったのは「ちょっとあまのじゃく」な思いからだった.「プロダクトデザインは,文房具でもインテリアでも,あまり大きさは関係ないけど,ちゃんと製品として出されるじゃないですか.クライアントがいて,製品を作るためのデザインで,当時の自分の解釈としては自由じゃないから嫌だったんです」.卒業後,個人制作を続けるかたわら,知人の依頼でダンス公演のセットを初めて手がけることに.「これまでは自分ひとりの中で完結する作業だったけど,舞台だと同じ時間軸の中で物が動いていく.一緒にその時間を作っていく作業,同じ時間軸の中で,別々のことをやってひとつの作品ができるのが面白かった」.その後,デザインの技術と経験を生かし,ダミーのバットや三味線のヘッドなどの制作から本格的に映画美術の分野へ.「ツーフラットだけ作って,撮り方によってはもっと先まであるように見える世界,キャメラを通してでないとそうは見えない世界を想定して,それがうまくいったら面白いですね.それは映画ならでは.舞台ではありのまま見えてしまうし,座る席によって見える物も全然違うので」.「オープンセットで街やストリートを作るとか,大きいことができる」のも映画の醍醐味.渡辺一志監督『キャプテントキオ』では,北九州のロケ地に無法地帯と化した近未来の首都,「監督いわく『北斗の拳』の世界」を作り上げた.

写真左:『キャプテントキオ』(渡辺一志監督,2007年2月シネマギャガ等にてロードショー)のセットができる前. 右:競輪場の券売所・売店跡地に,カオスと化した近未来の首都のストリートが出現
子供の頃から,自宅が建てられる様子をゼロから観察して,大工さんに道具の使い方を教わったり,木を大黒柱に小屋を建てたりと,物を作ることが好きだった黒川さん.映画,ステージに加えて,昨年秋には実際のカフェの店舗デザインも手がけた.「どれも,密なコミュニケーションがあってできること」.とりわけ映画作りの場では,多彩な才能のコラボレーションが刺激的だ.「現場に入ると,同じ作品にたずさわっていても,全然違うパートの人がいる訳じゃないですか.そういう人達とも,いろんなやりとりをするのが楽しい.今は,主体性をもって映画の現場で自分が動けているな,って感じですね」キッチュなインテリアが印象的な『キャプテントキオ』の喫茶店も,監督との綿密なディスカッションの成果のひとつ.言葉と思い描いたイメージの「ずれ」が生じないように,具体的な資料や画像を用意して,バラエティーに富んだ数パターンの内装を提案した.

写真左:喫茶「ギャル」に変身する前の店内の様子.右:映画館に放置されていた椅子等を再利用.キャストの人数や動き,衣装の色などを考慮した内装
「全部重なって動いていて,ここまで来ているので・・・自分の仕事を面白がれている気がします」.そう語る黒川さんにとって,創作の「自由」のニュアンスは変わった.「個人の作品を作っていたときは,そういうのが自由だという意識だったんですけど,今は発注する人の意向,金銭面でも依頼の内容でも,その枠の中の自由で提案したり,いいものを作ったり,表現をするほうが,逆に面白い.何でもやっていいよって言われたら,今だったら何もしない方がいいですね(笑)」